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大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)122号 判決

控訴人

日本海藻工業株式会社

代理人

三森淳

青葉興産株式会社

破産管財人

被控訴人

村田太郎

主文

(一)  原判決を左のとおり変更する。

(二)  控訴人は被控訴人に対し金七、六二〇、五四三円とこれに対する昭和三八年二月一五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

(四)  訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇分し、その四を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

(五)  この判決は第二項に限り被控訴人において金二〇〇万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一次の事実は当事者間に争いがない。

(一)  破産会社は寒天等を主とする食糧品販売を業とする会社であるが、昭和三六年夏頃から経営難に陥り、同三七年一月四日支払を停止し、同年九月二一日大阪地方裁判所で破産宣告を受け、被控訴人がその破産管財人に選任されたこと。

(二)  控訴会社は海藻類、寒天、農水産物の加工、同製品の輸出入等を業とする会社であるが、破産会社代表取締役広瀬純貴が元控訴会社の取締役であつた関係から、昭和三三年五月頃以来破産会社の最も主要な取引先として、控訴会社大阪営業所を通じて破産会社と取引を継続していたこと。

(三)  控訴会社が昭和三六年十一、二月の間(正確な日時は当事者間に争いがある)破産会社より原判決末尾添付一覧表記載の寒天等(本件商品)を買受けた(代金額は争がある)が、右商品中①、ないしの商品(七、六三七、八〇〇円相当)は控訴会社の生産品で、もと同社が日本海藻工業販売株式会社(販売会社)を通じて破産会社に売却したものであること。

(四)  控訴会社は昭和三七年一月一〇日頃本件商品全部を代金一三、二九二、〇八二円で他に売却したこと。

二そこで、控訴人が本訴において、破産法第七二条第一号に基づき前記破産会社と控訴会社間の本件商品売買契約を否認の上、本件商品の返還不能による価額一七、九〇〇、三〇一円の償還を求める請求の当否につき検討する。

(一)  控訴人はまず、控訴会社が本件売買により破産会社から買受けた本件商品中前記控訴会社の生産商品(七、六三七、八〇〇円相当)はもともと控訴会社が日本海藻工業販売株式会社(販売会社)を通じて破産会社に売却したものであるから、控訴会社において動産売買の先取特権を有する商品であつて否認権の対象とならず、右七、六三七、八〇〇円の価額償還義務はない旨主張するので、この点について判断する。

一般に破産者(代金未払の買主)が動産売買の先取特権の存する当該物件を債権者(売主)に売戻す行為は、その売戻し代金額が売戻し時の時価と著しい不均衡の認められない相当価額である限り、例えその債権者(売主)において、右買戻し代金債務を将来自己の破産会社に対する元の売却代金債権と相殺することを意図し、現にその後右相殺権を行使した場合であつても、他の破産債権者を害する行為にあたらないと解するのが相当である。けだし、もし右物件が破産財団に帰属していたとしても、当該債権者(売主)は右物件につき動産売買の先取特権を主張して破産法上別除権を行使しうる立場にあるのであるから、もともと右物件は破産債権者の共同担保でなかつたのであり、破産債権者は前記破産者(買主)の売戻し行為によつて何ら共同担保を滅損させられたことにならないからである(最高裁昭和四一年四月一四日判決民集二〇巻四号六一一頁参照)。前記争いのない事実及び後記認定事実によれば破産会社は控訴会社生産商品を控訴会社から(但し、販売会社を通じて。この点は暫らくおく)七、六三七、八〇〇円で仕入れながら、その代金を支払つていなかつたところ、その後これを先取特権を有する当の控訴会社に対し右仕入価額と同額の代金で(当時の時価は仕入値よりも下向であつた)売戻したものであることが認められる(右代金額につき、後記甲第二号証の一ないし三(同号証の一は乙第二九号証の一と同じ)、乙第四二号証参照)から結局破産会社の本件売却行為中、右売戻し部分は爾余の主観的要件(破産会社の害意と控訴会社の悪意)を判断するまでもなく否認権の対象とならないことが明らかである。(もつとも、後記認定事実によれば控訴会社はその後右売戻し代金債務を自己の債権と相殺して消滅させたことが認められるけれども右相殺の所為が前記売戻しの行為自体の非詐害行為性を左右するものではない。)被控訴人は、本件売買契約当時当事者双方は何ら右商品にこのような先取特権が附着するとの認識がなかつたし、控訴会社生産商品は本件商品の一部として一体として売買されたのであるから全体として否認権の対象となりうると主張するけれども、当事者が右のような権利関係を認識していたか否かといつた事情は前記結論を左右すべきものではないし、売買目的物件がその品目、価額において可分である限りその一部についてだけ前記見解を妥当せしめうることはもとより当然であるから、右主張はいずれも理由がない。

ところで、被控訴人は、破産会社は右商品を販売会社から仕入れたものであり、控訴会社から仕入れたのではないから控訴会社には右商品につきその主張のような先取特権はなく、控訴人の前記主張はその前提を欠くと主張するのでこの点について考える。

破産会社が本件控訴会社生産商品を「販売会社を通じて」仕入れたことは控訴人も自認するところ、〈証拠〉を綜合すると、控訴会社は昭和三五年五月一日主たる取引先である株式会社アイゼンベルグ商会の要請で形式上自社の販売部門を分離独立させて右販売会社を設立したが、その実質は何ら従前の控訴会社販売部と変らず(大部分役員を横すべりさせ、従業員の執務場所、内容、人的構成、待遇等は一切従前どおりで、従業員にも別会社の意識はなかつた)、経理上も実質的には控訴会社の一部として扱われ、販売会社の取得する手形その他の債権はそのまま控訴会社に譲渡する(〈証拠〉参照)取扱いをし、取引先殊に破産会社では右事情を知悉していたこと、本件控訴会社生産商品についても同様の処置がとられ直ちに控訴会社の経理部扱いとなし、破産会社側でもこれを当然のこととして承知し、現に破産会社代表者広瀬は初めから自社の債権者は控訴会社であることを前提にして同社と接衝していたことが認められる。破産会社の帳簿(甲第五号証)に取引先を「販売会社」と記名されていることは右認定事実を左右するものではなく又〈証拠〉によれば販売会社が破産会社宛に振出し引受けられた自己受為替手形が控訴会社を通ずることなく株式会社アイゼンベルグ商会に裏書譲渡されたことは認めうるが、同手形も結局は同訴外会社から控訴会社へ裏書譲渡せられていることが右書証上明白であるから、右の一事をもつては前認定を左右する事情となすに足らず、他にこれに反する証拠はない。右事実によれば、右販売会社を通じてなされた控訴会社と破産会社間の控訴会社製品売買は実質的には控訴会社と破産会社間の直接取引と見るのが相当であり、かかる形式的存在に過ぎぬいわゆるトンネル会社の存することをもつて右先取特権の存在を否定しようとするのは法人の独立性を濫用するものというべきである。仮りにそうでないとしても控訴会社生産商品に存する先取特権は、その代金債権が販売会社から控訴会社に譲渡され破産会社がこれを承諾したのに随伴して当然控訴会社に移転帰属し、同社の右譲受債権を担保するに至つたと認めることができるから、被控訴人の前記主張は理由がない。

そうすると、被控訴人は右控訴会社生産商品の売買については否認権を行使しえないのであるから、右商品の価額相当額の償還請求権もまたこれを有しないであり、右価額は後に説示するとおり五、六七一、五三九円(円未満切捨)をもつて相当と認められる。

(二)  そこで次に残余の本件商品売買否認の当否について考察する。

まず当事者双方がいうところの本件売買の経緯について検討する。

〈証拠〉に弁論の全趣旨を綜合すると次の事実を認めることができる。

(一)  破産会社はかねてから今村重義こと今村商店(寒天等の仕入先)に対し設備投資の援助をしたことや、折からの寒天業界の不振のため、徒らに在庫商品が増え、昭和三六年九月頃から次第に資金繰に窮し経営困難となり、一一月に入り当面の手形決済資金約三〇〇万円の調達にも事欠くほどに極度の不振に陥つた。昭和三六年一一月、一二月頃の破産会社の資産内容は債務一億数千万円であつたのに対し(但し、破産会社代表者広瀬純貴は一般には極力この事実を秘していた)、積極財産も右広瀬社長によれば名目上一応は一億円に及ぶものがあると称していたが、うち前記今村商店に対する債権約四千万円は回収不能である等のため、実質的にはこれを下廻り、多少の売掛代金や預金のほかは有体財産としては主として本件商品(その仕入価額は原判決末尾添付目録記載のとおり合計一七、九〇〇、三〇一円)をみるだけの状態であつた。そうして、控訴会社も破産会社に対し本件控訴会社生産商品代金(その代金は前記目録記載のとおり合計七、六三七、八〇〇円)を含む売掛代金等の債権を有していたが、その額は従来から相互に融通手形を交換していたことや、一一月、一二月中にも多少の売掛けや、一部支払い並びに後記の如きつなぎ融資をしたことなどがあつたため必らずしも明確ではないが、その総計は二ないし三千万円に上る額であつた。

(二)  破産会社はもともと控訴会社の取締役であつた広瀬が代表者となつて控訴会社の販売部門を独立させて設立した会社であつて、両社は他の取引先とは格別に人的物的両面で相互に密接な関係を有し、前記のように昭和三三年以来融通手形を交換する等常に協力体制を維持してきた関係上、広瀬はつとに控訴会社に対してだけは破産会社の経営困難の内情を示し(当面の資金繰表等を作成呈示した。〈証拠〉参照)、援助を乞うていたが、控訴会社はこれとは別にかねて一〇月末頃取引金融機関である農林中央金庫大阪支社から昨今破産会社の商品仕入が必要以上に多くなつているので、控訴会社としても手形を融通し合つている関係上注意を要する旨警告を受け、また一一月に入つて破産会社が糸寒天等の一部商品を換金のためダンピングしたとの情報も入つていたので、破産会社の窮状が予想以上に深刻であることを承知していた。折から破産会社代表者広瀬は一一月九日から一〇日にかけて当面一一月二〇日期日の手形決済資金約三〇〇万円捻出のため、本件商品中③ないしの商品(その頃和歌山、愛媛両県漁連から仕入れた原藻)を長野県茅野市の五味俊郎商店あて発送し、以後控訴会社のため保管することを委託し(同商店は同月一五日頃これを受領して右趣旨の保管を承諾した)、他方一七日頃控訴会社に対し右発送の旨及び右商品を控訴会社の責任において引取り、仕入価額の一割安ぐらいの価額で換金処分するか、または同率による角寒天とのバーター方式による処分(原藻はいわゆる時期もので年内に売却せぬと値下りするため、いずれにしても処分するのを得策とした)を依頼した。

しかし、控訴会社は右のような条件で右商品を自らの責任で引取ることは当時の原藻の市況等から判断して難色を示し一応これを預り保管するにとどめ、ただ、破産会社が決済を迫られている一一月二〇日期日の三〇〇万円の手形支払資金については、取敢えずその頃立替金名下にこれを送金し、破産会社の当面の窮状に応えた。

なお、控訴会社がこのように破産会社に対し同社の一一月分の手形決済資金三〇〇万円や後記一二月分の同資金一、四〇七万円のいわゆるつなぎ資金を送金援助したのは、破産会社が右期日に支払を迫られていた手形中には控訴会社が融通を受けた破産会社振出の融通手形があり、また商業手形についても控訴会社が裏書している関係上、もし破産会社においてこれを不渡りとするときは結局控訴会社において支払義務があるし、何よりも自社の信用取引に重大な支障をきたすため、好むと好まざるにかかわらず、破産会社に梃入れせざるをえない必要に迫られたからにほかならなかつた。

(三)  しかし、破産会社の状況はその後も好転せず、引規き翌一二月分の手形決済資金にも困窮する状況であつたため、控訴会社側でもいよいよ抜本的対策が必要となつた。そこで、控訴会社は取敢えず前記長野県が原藻(③ないし)を保管していると同様に、破産会社手持ち商品の換金手段を自ら掌握する趣旨で、一二月一二日破産会社に対し①、②の糸寒天等の引渡しを要求し、破産会社の了承をえてその引渡しを受けた(控訴会社取締役丸山辰昭が担当)。

(四)  一方、破産会社代表者広瀬は一二月一五日までの諸支払いはどうにかすませたが、以後の支払いは全く見通しが立たぬ状態となり(広瀬は同日午後今村商店から支払いを受けるべき二〇〇万円の支払が不能であるとの連絡を同商店から受けたとき万策つきたと感じた)、以後の数日間の諸支払い勘定は町の高利金融によつて息をつぐかたわら、一七日には自ら上京して控訴会社の代表者津田正衛、同井川正二郎とひそかに会談し、翌三七年三月までの破産会社の資金繰表(乙第三三ないし第三六号証)を呈示して内情を説明し、破産会社としては万策つきたから控訴会社の然るべき善後策にかませる旨伝えたところ、控訴会社側では「(イ)差し当り破産会社は天然寒天の卸売りだけに専念し、工業用寒天の販売から手を引き、これは以後控訴会社において新開商事株式会社に当らせる。従つて破産会社の手持ち商品中、控訴会社生産商品①、ないし(①は一二日引渡しずみ)は仕入価格と同額で控訴会社が買戻す。(ロ)和歌山、愛媛両県漁連、西能勢農協等当面の他の債権者に対してはその場を糊塗して手形を書替え、支払猶予を得る。(ハ)右支払猶予を得た分以外の一二月二〇日期日の手形決済資金は取敢えず再び控訴会社で資金援助する、」等の基本方針を示し、広瀬もこれを了解し、次に控訴会社側は破産会社の手持ち商品について、「控訴会社生産商品分は前記のとおり仕入原価(合計七、六三七、八〇〇円)で控訴会社が買戻すが、他からの仕入商品は仕入価額の半額の計算で引取り、控訴会社がこれを他に処分した場合の代金は直接控訴会社が取得する、但し、もし破産会社が右処分前に再び買戻したい時は右半額で買戻せる、」等の案を示した(乙第四二号証参照)が、広瀬は控訴会社生産商品の処分方法については承知したが、他の商品処分案殊に半額計算の点には同意しないままで物別れとなり、広瀬は帰阪した。

ところが、その後控訴会社は社内で改めて協議の結果、つなぎ資金は前記(二)後段判示の理由で送金せざるをえないが、反面もはや破産会社倒産の最悪事態にさいしての次善策も必要であると考えるに至り、他の債権者を排してでも破産会社の手持ち商品全部を自社で確保しておく必要を強く感じ、翌一八日直ちに電話で破産会社に対し「商品全部を買う」旨連絡し、広瀬の諒承をえた。この場合、広瀬としては従来のいきさつ上商品全部の引渡しを諒承せざるをえない立場にあつたし、控訴会社の引取りの意図が前記のような趣旨にあることは熟知しており、将来破産会社倒産のさいは控訴会社が他の債権者を排して自社の債権と右商品代金債務を、しかも右代金債務額をできるだけ過少に見積つて、相殺するであろうことも予期していた。(控訴会社に右相殺の意図があつたことも前記商品買取りの趣旨からみて明らかである。)

よつて、控訴会社は自社の大阪営業所に命じて一九日の夕方から夜半の翌日一時頃にかけて急拠ひそかに破産会社の池田倉庫と本店(道修町)にあつたないしの商品全部をトラックで運搬し、その引渡しを受けた。以上で控訴会社は破産会社の唯一の手持ち資産ともいうべき本件商品全部を自社の手裡に確保した。

(五)  控訴会社は一二月二〇日頃破産会社に対し前記約定に基づき二〇日の手形決済資金合計一、四〇七万円を送り(このことは当事者間に争いがない)、破産会社は二三日頃その見返りとして額面合計一、四五〇万円、支払期日翌年一月三〇日なる約束手形七通を控訴会社に振出し交付した。

(六)  ところで、以上のような破産会社の内情や、両社の動きは破産会社の他の債権者には一切知らされず、広瀬は前記両県漁連に対してもただ手形の支払猶予を乞うだけで詳細を話さず、(愛媛県漁連は五ないし六百万円、和歌山県漁連は約四〇〇万円の各債権者)年末になつてすら、赤字が数百万円程度あるといつた程度の説明にとどめていた。

(七)  ときに控訴会社はかねてから広瀬がかくも巨額の赤字を出したその経理内容に不審を抱いており(破産会社は広瀬のワンマン会社であつた)、本件商品全部の引取り後である二二日前後頃広瀬に対し更に破産会社の売掛代金や銀行預金も譲渡するよう要求したが、これは広瀬が拒否した。広瀬としてはこの頃から控訴会社があまりにも自社の利益確保に急であるのに反感を抱き、殊にその頃控訴会社が前に「天然寒天は引続きやれ」といつておきながら、破産会社の天然寒天取引先である関商店、八幸株式会社などにも干渉している事実を知るに及び、個人的には控訴会社幹部と完全に反目するに至つた。従つて、広瀬はその後本件商品代金額を自己の一方的な額に決めた上書面で控訴会社にその支払を請求したほか、翌年になつて、控訴会社が破産会社の帳簿閲覧を要求してもこれを拒否し真実の資産内容をことさら明らかにしようとしない態度に出るようになつた。一方、控訴会社も年末になつてもはや破産会社の倒産が時の問題となつたのに照らし、本件商品の転売をはかるかたわら、破産会社が現実に支払停止をした(翌年一月四日)のち、一月九日着の内容証明郵便をもつて破産会社に対し従前の債権を三日以内に支払うよう催告するとともに、もしこれに応じないときは本件商品の買受け代金は合計一三、二九二、〇八二円であるとして、これを前記債権で全額相殺する旨意思表示をした。(なお、控訴会社が翌一〇日本件商品を現実に右同額で第三者に転売したことは当事者間に争いがない)

以上の事実を認めることができる。〈反証排斥〉

以上の事実及び叙上当事者間に争いのない事実を綜合すれば、本件商品の売買契約は破産会社代表者広瀬が上京して控訴会社代表者津田、井川らと会談した翌日である昭和三六年一二月一八日控訴会社が破産会社に対し電話で「商品全部を買う」と申入れ、広瀬がこれを諒承したときに成立したと認めるのが相当で、それまでに控訴会社が保管中の商品はここに完全に同社の処分権に服し、その後の分は右契約の履行として引渡しがなされたものと解すべきものであり(右認定の売買日時はそれ自体としては当事者双方の主張せざる日ではあるが当事者の主張する売買と右認定の売買とはもとよりその間に同一性があること明らかであり、また当事者は右日時認定の基礎となつた事実は主張ずみであるから、弁論主義に反することはない。最高裁昭和二三年四月二〇日判決民集一巻一三五頁参照)ただ右売買代金中、控訴会社生産商品の代金は一二月一七日破産会社の仕入原価七、六三七、八〇〇円とすることに双方合意したが、その余の商品代金については当初控訴会社は破産会社仕入価の半額を主張し、破産会社は仕入価の一割安の価額を主張したままで合意がなかつたが、その後控訴会社の強い要請もあり、破産会社としても買戻約款付である点から見て控訴会社の申出を容れて一応売渡すこととなつたものと認めるのが相当である。〈反証排斥〉

ところで、一般に動産売却行為はそれ自体としては直ちに故意否認の対象となるわけではない。殊に本件売買の目的物件である原藻類は、当時破産会社において在庫のまま放置しておいてもその市場価格は下落するだけのいわゆる時期ものであり、この点だけに着目するとその約定代金が例え仕入価額の半額だとしても直ちに不相当に低廉な価額とはいい難い節がないではない。しかし、前記認定事実によつて本件売買の実情をみると、当事者間に争いない本件売買契約の実質は、通常は売主であるべき筈の控訴会社をしてひそかに破産会社の唯一の手持ち資産たる本件商品を他の一般破産債権者を排して確保させるにあたり、しかも控訴会社はこれをできるだけ廉価に見積つて買受けようとしたもので、破産会社も結局は右申出を容れたこと、その換価代金についても双方とも当初から破産会社立ち直りのための有用の資に供しようとする意図は毛頭なく、かえつて、控訴会社のこげつき債権と相殺し、よつて他の一般債権者を排して控訴会社だけの債権を確保することを予定していた(控訴会社はその後現実に相殺の意思表示をした)ことが認められ、その他従来からの双方の親密な取引関係、売買商品の授受が夜半にかけ急拠行われたり、当時双方とも破産会社の内情について殊更他の債権者に知らせなかつた事実等前判示のような事情を彼此綜合すると、本件売買は破産会社(代表者広瀬純貴)が特定債権者である控訴会社と相通じて他の一般債権者の共同担保を滅損せしめる意図のもとに締結されたもので、その結果は一般破産債権者を害する行為であるから破産法七二条第一号所定の行為というべきである。(但し、控訴会社生産商品の部分について右結論が妥当しないことは既に説示のとおりである)

控訴人は本件売買が故意否認の対象とならない論拠として、控訴会社が破産会社に対し一、七〇七万円に及ぶ資金援助をした点を強調するけれども、右資金援助は先に説示したとおり((二)後段認定事実参照)の事情により控訴会社としては自社の信用維持のためやむなくとつた手段であつたのであつて、直接の動機は所詮自社の利益保護にあり、本件売買はこれと別個に平行してなされた債権確保手段であると認められるから、右主張は理由がない。次に控訴人は、控訴会社が本件売買によつて確保できた債権は総債権額の約一五パーセントに過ぎず、予想配当率二〇パーセントに達しないから詐害行為とならないと主張するけれども、右主張の前提としている商品量は本件全商品の三割ぐらいであることとして計算しており、その前提において事実と異るのみならず、いずれにしても本件売買(と事後の相殺)がなかつたならば一般破産債権者の配当率は増加するのであるから、右主張も失当である。また、本件商品はいわゆる時期もので放置すれば価格が急落するのであるから、これを当時買受け転売して換金したことは破産会社の財産を滅損することにならないとの主張も、右換価金を破産会社が現実に入手した場合にのみ妥当する理であり、到底左袒することはできない。さらに控訴人は本件売買当事者に詐害意思並びに悪意がなかつた証左として当審事実摘示欄の控訴人主張二、の(イ)ないし(ニ)の点を主張するけれども本件売買に買戻し特約の合意が付されたのは前判示のようないきさつによるものである。また、(ロ)破産会社が控訴会社の帳簿閲覧要求を拒否したことや(ニ)控訴会社の事後の相殺に不満を示したことは、いずれも本件売買後に破産会社代表者広瀬が既に認定した控訴会社の出方に反感を抱いた結果にほかならず、(ハ)従つて、破産会社が支払停止のやむなきに至つたことを控訴会社に詑びたとしても、それは単に形式的、儀礼的なものと解しうるところであつて、控訴人の以上の諸点に関する主張はいずれもこれを首肯することはできない。

そうすると、控訴人の本件商品中控訴会社生産商品を除く残余の商品の売買の否認は理由があり、控訴会社は右残余商品を被控訴人に返還する義務があるところ、右商品は既にその後第三者に転売されこれを破産財団に復元することができないのであるから、その価額を償還すべきものである。

そこで、右残余商品の価額につき按ずるに、本件では控訴会社が昭和三七年一月一〇日本件商品全部を合計一三、二九二、〇八二円で他に売却したことは当事者間に争いがないから、控訴会社が現に利得した額は右同額であること明らかである。(なお、右代金額は他に特段の事情がないから相当価と認めることができる)しかし、右利得額中には本来否認の対象とならなかつた控訴会社生産商品の転売代金も入つているから、その割合を決すべきところ、本件では他に特段の事由のない限り、その割合は当初の破産会社の仕入価額の割合に比例した割合と解するのが相当である。

そうすると、右残余商品の代金は計算上七、六二〇、五四三円となることが明らかである。(全商品の転売価格一三、二九二、〇八二円を右商品全部の当初の仕入価格一七、九〇〇、三〇一円で除し、残余商品の当初の仕入価格一〇、二六二、五〇一円を乗ずる)

三よつて、被控訴人の控訴人に対する本訴請求中、右償還金七、六二〇、五四三円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三八年二月一五日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当として棄却すべく、一部これと異る趣旨の原判決は変更を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。(石井末一 竹内貞次 畑郁夫)

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